印刷博物館ブログ – いんぱく通信

島霞谷とその妻隆の話

2017年10月14日(土) by onsen

先日、島活字にゆかりのある群馬県桐生市を訪れました。

島活字は、明治3年につくられた和文の金属活字です。当館の総合展で展示されています(詳細はコレクション探訪をご覧ください)。

この活字をつくった島霞谷(しま かこく・1827~1870年)は、幕府の教育機関である開成所で学んだ洋学者です。幼い頃から画才に優れ、西洋の油彩画法や写真術を習得し、東京大学医学部の前身である大学東校では鉛活字を製作して医学書を印刷するなど、その万能ぶりから「和製ダヴィンチ」と呼ばれています。

当時、日本で猛威をふるったコレラなどの病気を防ぎ、人々を救うためには、医学の水準を上げ、医学教科書を出版することが急務でした。霞谷はその才能、知識、柔軟な発想力を活かして、明治3年、僅か半年ほどの間で活字を完成させました。

その妻、隆(りゅう)は、若い頃に一橋家の祐筆に採用された才女で、霞谷とともに写真術を身につけました。霞谷の死後は桐生で写真館を開業し、日本初の女性写真家となりました。

昭和63年に、幕末から明治にかけての油絵や写真作品、関係記録が発見され、島霞谷とそれを支えた隆の存在が明らかになりました。

桐生には、平成元年に建てられた島隆さんの記念碑があります。その隣には、大きなしだれ桜の木。いつか、ここに霞谷さんの記念碑も並んで建つと良いなと思いました。

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