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        <title>いんぱく通信</title>
        <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php</link>
        <description>印刷博物館学芸員が最新情報を発信するブログ型コンテンツです</description>
        <lastBuildDate>Fri, 04 Jul 2008 04:42:27 GMT</lastBuildDate>
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            <title>文庫本棚、特注！</title>
            <description>	普通の公共図書館では、大型本や文庫本は専用の棚に別置していますが、ここの書庫は専門書が中心なので、文庫本もそう多くもないだろうと思い、今までは大型本だけ別置して、文庫本は普通の本と一緒に配架していました。&lt;br /&gt;
　でも、この8年で思ったより文庫本が増えましたし、普通の本と一緒に配架すると、奥の方に押し込まれて見えなくなってしまうことも多いので、やはり別置することにしました。&lt;br /&gt;
	ですが、文庫本棚を新たに置く場所はありません。&lt;br /&gt;
そこで、書架を製造しているメーカー（(株)文祥堂）の方に相談して、既にある書架の棚板に組み込み、奥と手前の2列に置けて、なおかつ題名が見える、文庫・新書用の棚を作って貰いました！&lt;br /&gt;
	取り外し自由なので、場所を変えたくなっても大丈夫、便利です。&lt;br /&gt;
素材は元の棚板と同じなので、丈夫ですし、違和感もありません。&lt;br /&gt;
	奥行きが同じくらいなので、文庫本と一緒に新書も別置することにしました。&lt;br /&gt;
手前に新書が来てしまうと、奥の本が出しにくいかなと思いましたが、そうでもありません。&lt;br /&gt;
その分、高さは思ったより節約できなかったのですが、意外とイケます。&lt;br /&gt;
	普通の本棚も文庫・新書を抜いた分、ちょっとだけ余裕が出来ました。&lt;br /&gt;
	写真左は棚を組み込んだばかりのところ、右は本を入れた状態です。&lt;br /&gt;
	
&lt;br /&gt;
 </description>
            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=323</link>
        </item>
        <item>
            <title>謎の声　秘密の扉</title>
            <description>	時々、P&amp;#038;Pギャラリーではどこからか、笑い声や不思議な音？が聞こえます。 &lt;br /&gt;
女性の高い「あー」という声が何度も聞こえたときは、さすがにちょっと不気味でした。&lt;br /&gt;
偶然居合わせた方はびっくりしてキョロキョロされていましたが･･･。&lt;br /&gt;
	実はこれ、隣のトッパンホールのバックヤード(楽屋など)で、出演者の方々が出す声や楽器の音なのです。&lt;br /&gt;
女性の声は、ソプラノ歌手が、ギャラリーの方（といってもホール側からは壁かドアにしか見えません）を向いて発声練習をしたために聞こえてきたのでした。&lt;br /&gt;
よほど楽しいのか、何度も爆笑が聞こえることもあります。&lt;br /&gt;
	それにしても、こんな立派なビルなのに、なぜ防音壁ではないのでしょう？&lt;br /&gt;
	実は、ここは建物の構造上、通常のエレベーターに乗らない大きな展示ケース等は、外からも直接ギャラリーに運び込むことが出来ません。&lt;br /&gt;
　大きな大きなエレベーターはホールと共有で1基あるのですが、1階はホールのバックヤードが出口なので、ギャラリーの奥の、普段は壁で隠れている「秘密の扉」を通って運び込むのです。&lt;br /&gt;
	写真はユニバーサル・デザイン展の開催時と、その撤去作業で扉が開いた状態です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;

&lt;br /&gt;
 </description>
            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=322</link>
        </item>
        <item>
            <title>white</title>
            <description>	パーやん先輩が若い女性グループに声をかけている頃、私は展示室にいました。&lt;br /&gt;
現在開催中の1950年代展も残すところあと2週間となりました。&lt;br /&gt;
	前回に引き続き、50年代展の注目ポイントをご紹介します。&lt;br /&gt;
今回はマニアック編です。&lt;br /&gt;
	キャプションを留めているピンに注目してください。&lt;br /&gt;
白く塗られていることがおわかりいただけますか？&lt;br /&gt;
	長さ2センチくらいのピンを、まずは曲がらないように注意して金槌で打ちます。&lt;br /&gt;
その後、ピンの頭を一本ずつ、ポスターカラーや修正液で白く塗りつぶしました。&lt;br /&gt;
	内覧会前日の深夜から展示設営スタッフと手分けして塗り始めましたが、&lt;br /&gt;
今回は作品、資料が多かったので、結局直前までかかってしまいました。&lt;br /&gt;
	先輩学芸員Tさんのやさしい眼差しを感じながら、手を抜かなかった（抜けなかった）&lt;br /&gt;
ことは言うまでもありません。&lt;br /&gt;
	目立たないところですが、このようなディテールにもちょっとだけこだわりました。&lt;br /&gt;
そして、塗り忘れたピンを発見してしまった方は、Tさんの前に私にそっと教えてください（笑）。&lt;br /&gt;
	
&lt;br /&gt;
 </description>
            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=321</link>
        </item>
        <item>
            <title>法隆寺金堂展を鑑てきました ④</title>
            <description>	　飛鳥園の２件隣り（東大寺寄り）には、当時「下下味亭」という食堂がありました。狭い食堂でしたが、日替わりの炊き込みご飯が美味しくて、観光バスのガイドさんも食事に来ており一緒に話しながら、お昼を食べたものでした。下下味亭のご主人は、福島克治さんといって、武蔵美の卒業生です。奈良が好きで、日吉館を定宿にしており、とうとう日吉館のおばちゃんのお嬢さんと結婚して、奈良に住みついてしまった方です。確か小生よりも５歳くらい年上だったと思います。学生時代に、奈良でクラブの合宿をおこなった時には、合宿中は禁酒であったにもかかわらず、夜こっそりと日吉館を抜けだし、数件隣りの福島さんのところに出かけビールを呑みに行ったものでした。もう、下下味亭はありませんが、その場所は、「下下味亭吉茶」というカフェになっていました。１階は２軒の骨董屋さんが店をかまえており、２階がガラス張りの今どきのお洒落なカフェになっています。そのカフェでコーヒーを飲みながら、福島さんが、当然お店のご主人であると思い尋ねてみると、「そうではない」との返事です。それでは福島さんはどうしていらっしゃるか所在を尋ねると、お店のすぐ下がご自宅になっているとのことで、「自転車が置いてあるからいらっしゃるのではないですか」と返ってきました。急いでコーヒーを飲み干し、ドキドキしながらご自宅を訪ねてみると、福島さんご夫妻がいらっしゃいました。４０数年ぶりでお目にかかったのですが、当時の面影が残っており、ほとんど変わっていません。小生のことも良く憶えていてくださり、昔話しに花をさかせました。東京にも時々お越しになるそうで、印刷博物館の宣伝もして再会を約束してきました。そして、この次ぎはゆっくり奈良に出かけ、福島さんとあちこち歩こうと思っています。&lt;br /&gt;
　奈良を後にして、近鉄特急で京都に向かいました。6月16日付けのペンネさんの印博通信にも紹介されている、我れら印刷博物館の工房で活版印刷のインストラクターとして活躍しているＮ．Ｍ嬢とお友達ちの個展を見に行くためです。一乗寺の恵文社のギャラリー「アンフェール」での開催です。恵文社は、書籍をはじめ雑貨、アクセサリーなどを販売しており、なかなかお洒落なお店です。石川丈山が造営した狩野探幽に描かせた詩仙三十六歌仙や、添水(そうず)と呼ばれる鹿威し（ししおどし）があることで有名な詩仙堂の近くにあります。&lt;br /&gt;
　さて、お二人の「Ｈ．Ｍカゲラ追想展」、楽しく拝見しました。正真正銘の鉛活字（当たり前ですが）で印刷されたカゲラ氏の物語と銅板画の挿絵が組み合わされた素敵な作品です。Ｎ．Ｍさんの銅板画にも活字が組み込まれている作品もあり、中には通常の組版では考えられない、活字があちこち斜めに組まれ、しかも多色刷りされているものもありました。一枚を刷りあげるにはさぞかし労力と時間を費やしたことではないかと思われます。Ｎ．Ｍさんの丁寧な根気のいる仕事に感心いたしました。作品を見ていると、画風は異なりますが、武井武雄の世界を思いおこさせます。&lt;br /&gt;
　たった一日で奈良、京都を廻って来たのですが、大変楽しく充実した一日になりました。（おわり）
&lt;br /&gt;
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            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=320</link>
        </item>
        <item>
            <title>法隆寺金堂展を鑑てきました ③</title>
            <description>	　「法隆寺金堂展」でどうしても鑑たかったものの一つは、四天王像です。四天王は、釈迦如来など主となる佛の四方（東西南北）を守る守護神で、たいてい邪鬼を踏みつけて立っています。小生は、踏みつけられている邪鬼（天邪鬼）が大好きです。今までに、あちこちの寺院で天邪鬼を鑑てきましたが、それぞれ、さまざまな表情を持っています。ちょっと、いたずらっ子のような憎めないユーモラスな邪鬼や、東大寺戒壇院四天王像の邪鬼のように写実的で恐ろしそうな邪鬼もあり、この法隆寺金堂の四天王の邪鬼はさすがに日本最古のものであり、威風堂々としているように思えます。いずれにしても、脇役でありながら、そこに侍っていなくてはいけないんだと存在感をはなっています。小生のブログネームの「Ｊａｃｋ－天野」ですが、天邪鬼 &amp;rarr; あまのじゃく  &amp;rarr; 天野Ｊａｃｋ となった訳で、大好きな天邪鬼が由来となっているのです。学生時代に、小生のバイブル的存在だった、和辻哲朗の『古寺巡禮』、堀辰雄の『大和路』、亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』などの影響を受け、クラブ（古美術鑑賞会）の会報誌などに『大和ぶらつ記』と称して奈良での印象記を綴っていました。その時以来のペンネームです。今は、居酒屋などで焼酎のボトルにＪａｃｋ－天野とサインしてキープしています。先にも述べましたが、広目天と多聞天の二躰しか鑑賞することが出来ませんでしたが、比較的明るい会場で３６０度観察することが出来るので大満足でした。&lt;br /&gt;
　奈良博を後にして、鹿のいる奈良公園の前の道、登大路を渡ると、佛像を中心に撮られた有名な写真家、小川晴暘氏の「飛鳥園」があります。今は、ご子息の光三さんが後を継ぎ、ギャラリーやカフェなども営み、見違えるようなモダンな「飛鳥園」になっていました。当時、よくおじゃまして、気に入った写真を買い求めました。法隆寺金堂の「釈迦三尊像」、唐招提寺の「鑑真和上像」、興福寺十大弟子の一つ「羅睺羅像」は、大きな半切の写真をパネル貼りにして、今でも大切に持っています。（つづく）
&lt;br /&gt;
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            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=319</link>
        </item>
        <item>
            <title>迷わないようにしたい</title>
            <description>	今朝１１時頃、外出先から館に向かう途中、若い女性グループに出会いました。&lt;br /&gt;
	みると当館のパンフにある地図をみながら、道に迷っている様子。&lt;br /&gt;
	「目白通りをこのまままっすぐ行けばわかるのに」&lt;br /&gt;
	思い切って声をかけてみました。すると最近できたばかりの道が地図に掲載されていないので、印刷博物館がどこだかわからない、とのこと。たしかにＴ字路は地図にはひとつしか書かれていません。&lt;br /&gt;
	「目白通りをこのまままっすぐ行くと大きなビルがみえてきます。その中にありますよ」と、館員であることと併せてお伝えすると、なんと感謝のことばをいただいてしまいましたっ、、、&lt;br /&gt;
	感謝のことばなんて、とんでもありません。。。「地図がわかりづらい」とののしっていただいた方がうれしかったかも、、、。&lt;br /&gt;
	近日中にウェブサイトの地図は修正いたします。&lt;br /&gt;
チラシ等の印刷物の地図は、もう少しお時間ください。&lt;br /&gt;
	町の様子は日々かわります。環境の変化に対応仕切れてないもどかしさを感じているこの頃です。
&lt;br /&gt;
 </description>
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            <title>岸さん</title>
            <description>	岸さんのお通夜に行ってきました。&lt;br /&gt;
参列していた多くの方々、たくさんのお花。&lt;br /&gt;
生前の岸さんのお人柄がしのばれます。&lt;br /&gt;
	お焼香を待ちながら、岸さんの写真を見て回想しました。&lt;br /&gt;
	ミュージアム館館学学の席で、鉄道マニアについて質問がありました。&lt;br /&gt;
「彼らは鉄道史料の価値を熟知していて、心無い来館者の振る舞いを&lt;br /&gt;
危惧してくれています。私たちを応援してくれている存在です」&lt;br /&gt;
といったお話がありました。&lt;br /&gt;
鉄道とその文化、そして鉄道を愛する人たちすべてを大切にしている&lt;br /&gt;
岸さんのやさしさが伝わってきました。&lt;br /&gt;
	心よりご冥福をお祈りいたします。
&lt;br /&gt;
 </description>
            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=316</link>
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        <item>
            <title>法隆寺金堂展を鑑てきました ②</title>
            <description>	　法隆寺金堂の火災で壁画が焼失したのは、昭和24年（1949）1月26日でした。それは壁画の模写中の出来事。再現された、壁画を鑑ていると、またまた学生時代に寝泊まりしていた日吉館での出来事を想い出しました。夕食を終えて、後片付けをし、洗い終わったお皿を食器棚に重ねて収納（しま）う時に床に落としてしまい何枚か割ってしまったことがありました。藍の染め付けのお皿で皿の裏には「大化年製」「太明年成」とかいった文字が書かれており（大正、昭和初期の日常の食器にも通常書かれているものだと、後で知ったのですが）、貴重な物ではないかと思い「おばちゃん、ごめんなさい。お皿落として割っしまいました」と謝ると、「かまへん。かまへん。法隆寺も焼けて貴重な壁画も失ってしもうたんや。形あるものは必ず壊れてしまうもんや」というようなことを云って何もお咎めなしに許してくれました。日吉館には、当時、ずるちゃん、のろちゃんという施設にいた障害者を引き取って、おばちゃんの下で働いていました。名前（あだな）の通り、ずるちゃんはずる賢いところがあって機転も利く一面悪さもするような娘でした。のろちゃんは、どんくさいというか何事もスローな感じで、二人が言い争っていた時などは、ずるちゃんには絶対に勝てない娘でした。二人は何かそそうをするとおばちゃんに怒鳴られ、叩かれ、抵抗すると髪の毛を捕まれてひっぱり回されていたのを知っていたので、小生もすごく怒られる覚悟でした。その時の「形あるものはいつかは必ず壊れてしまう」という言葉は小生も親になった時に子供たちに云ったことがあります。おばちゃんは小生と丁度三まわり違いの戌年で、奈良での母親でした。（つづく）
&lt;br /&gt;
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            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=314</link>
        </item>
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            <title>法隆寺金堂展を鑑てきました ①</title>
            <description>	　昨日の日曜日、奈良国立博物館で14日（土）から開催している「国宝 法隆寺金堂展」を鑑てきました。奈良、特に斑鳩の里「法隆寺」は、小生にとっていろいろな想いを持つお寺です。今から40数年以上も昔のことですが、上原和先生に連れられて斑鳩を歩き、特に法隆寺金堂内に安置されている釈迦三尊像と出会った時は、芸術品を鑑賞して、美しい、素晴らしいと感じるよりも言葉では言いあらわす事の出来ない程の威圧感を感じ、釈迦如来が左右の脇侍を連れて天空に上昇していくようなお姿を拝み、おもわず固まってしまった自分を今でも鮮明に憶えています。それから、学校が休みになるとすぐに東京を発って、會津八一、和辻哲朗、堀辰雄、亀井勝一郎らが定宿にしていた奈良博のすぐ目の前にある日吉館へ、往復の汽車賃、小遣い（親から無心したのですが）、多少の着替えだけを持ってすっとんで行きます。日吉館は、宿泊代も安く、夕食は、「すき焼き」「ビーフステーキ」「とんかつ」とボリュームたっぷりのメニューが日替わりで提供され、美大の学生をはじめ、勉強、研究する学生達にとっては人気の旅館です。小生は、日吉館では、朝早くから宿泊客の配膳や後片付け、食器洗いなどをやり、10時過ぎにはフリーになると奈良の寺院や古墳郡を巡り、夕方早めに帰館して風呂炊き、夕飯の配膳、後片付けなどを手伝います。その替わり宿泊代はタダになる訳です。おそらく、大学生活４年間の内、延べ１年間は日吉館を拠点にして、奈良を歩き廻っていたのではないでしょうか。寂しいことに、女将のおばちゃん（NHKのドラマ「あおによし」のモデルになった田村キヨノさん）は10年前に亡くなってしまい建物だけは残っていますが、もう営業はしていません。&lt;br /&gt;
前置きが長くなってしまいましたが、「法隆寺金堂展」は、なかなか見応えがありました。釈迦三尊像、薬師如来像はどちらも台座だけの展示でご本尊は鑑られないのは残念でした。日本最古といわれている木像の四天王は広目天、多聞天が展示されており、持国天と増長天は７月から展示されるそうです。その他、中の間、西の間の天蓋など飛鳥時代の香りを感じながら鑑賞しました。飛鳥の時代から下りはしますが、平安時代の毘沙門天、吉祥天、鎌倉時代の阿弥陀三尊像。そして、安田靫彦、前田青邨、橋本明治、吉岡堅二らによって模写再現された壁画が展示されています。間近で、前後左右から鑑賞することが出来、天蓋の幾何学紋様や、楽器を奏でている飛天にはまだ彩色が色鮮やかに残っており、とても現地では見られないほど細部まで鑑賞出来ます。（つづく）
&lt;br /&gt;
 </description>
            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=313</link>
        </item>
        <item>
            <title>カゲラ氏？</title>
            <description>	ペンネの日記&lt;br /&gt;
印刷博物館の印刷工房にて活字のＤＮＡを後世に！という意気に燃えるのが、N.Mさん。彼女の夜の顔は、エッチングによるイラストレーション制作。&lt;br /&gt;
ペンネがN.Mさんの個展が京都で行われるという噂を聞いたのは、今年の桜が開花する頃。その頃、彼女は、「はずかしいから見にこないでください」と言っていた。で・・・人がいやがることは絶対にしないという性格（？）のペンネは、では遠いから行かないと心に決めていた。&lt;br /&gt;
と、ところがどっこい、つい最近になって、「遠くて申し訳ないですけど、ぜひきてくだい。」と。どういう心境の変化か、女ごころと秋の空？さて、どうしたもんか？きっと作品がうまくできあがったので言っているに違いない。&lt;br /&gt;
	その展覧会は、『いるような、いないような、ぜんぶ気のせいだったような、そんなひとりの生涯を、銅版画と活字で辿ります。いくつかのエピソードを、「散文詩による図鑑」というかたちで再現しました。すな色の物語空間をおたのしみください。』とある。&lt;br /&gt;
残念ながら、今日６月１６日が最終日。場所は、京都の一乗寺駅から数分のところにあるギャラリーアンフェール。そこは、場所柄、デザインを学ぶ人が集まるえらくマニアックな書籍ばかりおいてある書店の左奥にあった。&lt;br /&gt;
	作品は、全部で１０点。中世のヨーロッパのとある田舎町のできごとだろうか？　散文詩は彼女のお友達の作家が担当し、その詩を、昼の間、活字の神様たちの間で鍛えられた技でひとりで組版し、活版印刷し、夜間、修練を積み重ねてきたプロのエッチングアートで２ヶ月間こつこつと制作し続けたそうな。これらの技術のコラボレーションが、いかにもこの展覧会の不思議な世界を醸しだすことに成功した。見事であります。　販売すれば絶対売れること間違いなし、なのに売る気はないみたい。残念。また、どこかで開催してほしいものです。
&lt;br /&gt;
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            <link>http://www.printing-museum.org/blog/html/modules/wordpress/index.php?p=312</link>
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