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「鯰絵」
「鯰絵」  時は江戸時代の終わり頃、ペリー率いる黒船艦隊来航の衝撃も覚めやらぬ安政二年(1855年)十月、突如江戸の町を大地震が襲い甚大な被害をもたらしました。世に言う安政の大地震です。この大地震直後、鯰絵と呼ばれる木版画が江戸市中において大量に出回り、その数は数百種類にものぼったと言われています。

 この鯰絵は、常陸の国(現在の茨城県)の鹿島大明神が、地中奥深くに住む大鯰を要石(かなめいし)で押さえ付けているという場面です。当時流a布した民間信仰をモチーフに、鯰の戯人化を通して震災の状況を木版画により印刷表現したものです。作品には、鯰が神や民衆に退治される姿や、世直しを行なう鯰を描いたものなど多岐にわたっていますが、中には地震除けの梵字の呪文が刷り込まれたものもありました。この呪文が刷りこまれた鯰絵は、大地震後に繰り返し起こる余震に怯える人々の恐怖を取り除く護符としての役割を担っていたと考えられます。

  このような様々な鯰絵が短期間に描かれ、売られた背景には、当時の不安定な社会情勢があげられます。飢餓や疫病、異国船の到来、大地震と次々に起こる天災や事件が江戸の人々の心に不安感を植えつけたのです。こうした状況下、彼等は大地震を世直しの予兆ととらえ、地震を引き起こした鯰を主人公に印刷表現を行なうことを楽しみ、不安を和らげていたのでした。   


「鯰絵」
護符としての役割を担った鯰絵の一つ。鹿島大明神に連れられた鯰が、井戸の神と地の神を従えた天照太明神の前で、手形を押して詫びを入れているところを描いたもので、その手形の証文には、地震除けの梵字の呪文が刷りこまれている。作品中にある詞書には、この梵字を切り抜いて家の東西南北に貼っておくことで、再度地震が起きても被害を受けないと書かれている。








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