印刷博物館ニュース
新時代のイメージを広げた図版印刷
開国によって近代化の幕が開けた日本は、明治時代に本格的な近代国家を築いていきました。
西洋から新しい制度や文物が導入されたことで、社会や生活の様相は、大きく変わっていきます。
こうした新時代の到来を、多くの人々に伝える役割を担ったのが図版印刷でした。
横浜絵や開化絵に代表される錦絵(多色摺り木版画)を中心に、新たに導入された銅版と石版による印刷物を織り交ぜて紹介します。
横浜絵と開化絵
江戸幕府は、安政5(1858)年に、アメリカなど5カ国と修好通商条約を結びます。の結果、横浜は開港地となり、外国人の居留地が整備され、発展を遂げていきました。商館をはじめ、領事館、公使館、ホテル、教会などが建てられたほか、道路や橋が整備され、近代的な市街へ変貌したのです。異国情緒漂う横浜は、当時の人々の興味と好奇心を駆り立てることになり、新時代の到来を伝える格好の画題として、多くの錦絵に仕立てられました。( ❶ )この錦絵は、横浜絵、横浜開化錦絵などと呼ばれ、洋風建築物だけでなく、居留する外国人、蒸気機関車や馬車なども描かれ、人気を集めました。
江戸から明治に時代が変わったことで、江戸は東京と改称され、新政府は、京都から東京へ移ります。これを機に文明開化の中心地となった東京は、洋風の近代的建築物が次々と建てられ、インフラの整備も伴って、近代都市へと変貌を遂げます。日本橋兜町に設立された第一国立銀行( ❷ )、築地に建築された五階建のホテル、新橋・横浜間での鉄道開通によって開設した新橋ステーションなどが新名所として注目を集め、人気スポットとなりました。これらの新名所は、多くの絵師によって描かれ、開化絵、開化錦絵と呼ばれる錦絵となりました。洋風建築物だけでなく、蒸気機関車、人力車、ガス灯、鉄橋、洋服、洋傘、時計など文明開化を象徴するものも描かれました。横浜絵も開化絵も、全国各地から訪れた人が購入して、お土産として持ち帰ることで各地にもたらされました。こうして、まだ見ぬ、新たな視覚情報が全国へと広まることで、新時代の到来を多くの人に伝えたのでした。

[資料No. 51625]

[資料No.51622]
描かれた天皇、政治、博覧会
錦絵に描かれたのは、洋風の近代的建築物や西洋からもたらされた文物だけではありません。明治天皇の姿も描かれ、多くの人がその絵姿に親しんでいました。明治天皇は97回の地方巡幸を行っていますが、さらに図版化されたことで民衆が初めて目にすることができました。明治時代前までは、在位中の天皇の姿が印刷され、可視化されることはなかったことからも、新時代のイメージを広げたといえるでしょう。また、明治天皇とともに、皇后(昭憲皇太后)の姿も、図版印刷によって広まりました。史上初めて洋装をした皇后で、率先して洋服を着用していたこともあり、印刷物にも洋装で多く描かれています。洋装の皇后は、特に女性に対して、強いインパクトを与えたと思われます。
明治時代に近代政治が幕を開けますが、新政府による政治の様相も錦絵の画題となりました。明治22(1889)年に大日本帝国憲法が発布されましたが、明治宮殿の正殿で行われた発布式の模様が錦絵などに数多く描かれています( ❸ )。また、議会の開設も画題となりました。明治21(1888)年の枢密院創設による会議ならびに、明治23(1890)年に開設された帝国議会の情景を描いたものが印刷され、多くの人が目にすることになりました。そもそも江戸時代の徳川政権下では、どのようにして政治が行われるのかは、印刷物によって庶民に広められることはありませんでした。その点からも、政治の表舞台を図版化したものは、国民に、時代が変わったことを意識づける上で効果がありました。
近代的な催しとして描かれたのが博覧会です。明治5(1872)年に、文部省主催による最初の博覧会が湯島聖堂で開催され、続いて明治10(1877)年に上野公園で、第一回内国勧業博覧会が開催されます。新政府主導で開催された博覧会であったため、人々の関心も高く、錦絵などの印刷物の恰好の画となりました。額装やガラスケースを用いた新しい展示の様子や、展示されている西洋製品の数々が印刷によって、多くの人々の目に触れることになり、新鮮なイメージを植え付けました。

[資料No.56015]
銅版印刷と石版印刷が広げた世界
明治の新時代とともに、図版印刷も進展を迎えます。それまでの主役は木版印刷でしたが、新たに、銅版印刷と石版印刷が西洋から伝わり、木版とは違った表現を可能にしました。銅版印刷は、西洋において、1420年から1430年頃に直刻凹版(エングレービング)が、16世紀初頭に腐食凹版(エッチング)が発明されました。この技法の発明により、正確な地図や、精緻な図版を伴った書物の製作が可能となったのです。日本には、明治時代以前に伝わっていましたが、木版印刷ほど定着することはありませんでした。飛躍を遂げたのは、紙幣や証券、切手、地券などの産業ベースの印刷物を明治政府が主体となって発行してからです。これらの紋章や文様、図柄が銅版によって印刷されました。銅版印刷は、木版印刷以上に精緻な表現ができるため、偽造防止として用いられたのです。政府が発行する紙幣や切手などは、近代国家を象徴する印刷物であり、手にした国民は、これまで見慣れた木版印刷とは異なる精緻な印刷表現も手伝って、新たな時代を認識したことでしょう。
続いて、石版印刷がもたらされます。18世紀末にヨーロッパで発明された、この新しい技法は、木版や銅版のように版を彫る必要がなく、水と油の反発作用を利用して、平らな石の版の上に描いたものを印刷するものです。自由かつ細かい濃淡を版上に描くことで版をつくって印刷するため、諧調表現に優れ、鮮やかな色彩による、多様性に富んだ表現が可能となりました。この新技法は万延元(1860)年に日本にもたらされ、明治7(1874)年より本格的に始まります。明治政府だけでなく、民間においても採用され、書物の挿絵や一枚刷りの版画( ❹ )が製作されました。木版や銅版では味わえない、写真に近い臨場感あふれる画像が、見る人に新鮮な情報として受け入れられ、新時代のイメージをさらに広たことは想像に難くありません。
(印刷博物館 主席学芸員 緒方宏大)

[資料No.34505]
・岩切信一郎『明治版画史』(吉川弘文館、2009年)
・若桑みどり『皇后の肖像―昭憲皇太后の表象と女性の国民化』(筑摩書房、2001年)
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