印刷博物館ニュース
いよいよはじまる!
「名著誕生展 ヴァチカン教皇庁図書館Ⅲ+」
4月25日(土)から名著誕生展が始まります。人類の英知がいかに書物として記録され、印刷技術の発展とともに世界へ普及したかを追体験する展覧会です。
世界でもっとも神秘的とされるヴァチカン教皇庁図書館所蔵の珠玉の8点を中心に、プラトンやガリレオといった偉大な思想家や科学者による貴重な資料が公開されます。
時代を変えたアイデア誕生の瞬間が印刷博物館に集結
名著とは人類の知のビッグバンを記録したタイムカプセルにたとえられるでしょう。わたしたちは今回の展覧会でさらに細かく、次のような指標で名著をとらえてみました。
・社会に強烈なインパクトをあたえた
・常識をこえた流通と購買をうながした(ベストセラー本をふくむ)
・大量に印刷出版された
・稀覯(きこう)書
・ほかの創作活動に影響をあたえた
・時代をこえてなお現代人に訴える力をもつ
今回の出展作はいずれかに該当しています。展示は3部から構成されます。
第1部 はじまりの名著 対話からテキストへ
名著の萌芽を紹介するコーナーとして位置づけています。紀元前5-6世紀、ソクラテス、孔子、老子、仏陀― 世界中で偉人の言説から知がうまれました。当時は聴衆との議論と対話によって人間とはなにかを問う行為でした。師の発話は弟子によって書写され、やがて写本や書簡のかたちでテキストとして定着していきました。ソクラテスがいきた証ともいえるプラトン著作集(『ソクラテスの弁明』を含む)、『論語』とならぶ孔子の名言集『孔子家語(こうしけご)』、弟子アナンダたちがブッダ最後の教えとしてのこした『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』などをご覧いただけます。また8-9世紀頃からアラビア世界で活発になる知的活動の中心には古代ギリシャのアリストテレス( ❶ )がいました。
グーテンベルクによる活版印刷術のおかげで、古代ギリシャ・ローマの学問 “自由学芸(リベラル・アーツ)” からおおくの名著がうまれました。時あたかもルネサンス。自由学芸は西ヨーロッパの人文主義者(ユマニスト)によってふたたび脚光をあつめます。アラビア世界経由でつたわったアリストテレスの学問とされる文法、論理学、修辞学に、プラトンの学問とされる算術、幾何学、音楽、天文学がくわわりました。アーツ “arts” には「芸術」「美術」のほかに、「技術」「手仕事」「わざ」の意味もあります。キリスト教文化全盛のなか下火だった中世ヨーロッパで、13世紀頃から見直されはじめ、15世紀に誕生した活版印刷&版画が自由学芸を再発見し、ひろめる役割をはたしました( ❷ )。テキストと図像がよりひろく記録・伝播され、次の名著がうまれる土壌がはぐくまれていきます。

ヴァチカン教皇庁図書館蔵 Pal. lat. 1033

ヴァチカン教皇庁図書館蔵 Vat. lat. 1569
第2部 近代の名著とは 技術・科学・哲学の融合
中世から近代への思想史の転換で、最大の事件は名著『方法叙説』でしょう。ギリシャ・ローマ哲学とキリスト教文化を土台に、著者のデカルトは「理性」の議論を導き出したのですから。あらゆる思想をむしばむ懐疑主義にたいし、自分の「内なる理性」は何にもむしばまれない根源的なものだとデカルトは宣言しました。疑うというプロセスさえ、疑う存在(我)が前提となります。新しい世界像を模索していた時代に心身二元論(しんしんにげんろん)はうけいれられていきました。
学者が担ってきた〈科学〉と職人の伝統伎である〈技術〉とは、中世以来、西洋では住む世界がちがっていました。このふたつが出あい、近代科学は急速に発展していくことになります。“お手製” 実験道具をつかった観察や実験でガリレオ、フック、ニュートンらは17世紀に科学革命をおこしました。今回の展示では書物とともにガリレオの望遠鏡( ❸ )とフックの顕微鏡にご注目ください。
画家や印刷職人によるすぐれた挿絵のおかげで空前絶後の出版プロジェクトがうまれました。フランス『百科全書』( ❹ )です。印刷が知を体系化し近代思想になっていく過程は第1巻巻頭にある寓意画(扉絵)にあらわれています。真理の殿堂の真ん中で、ヴェールに包まれた真理の女神が光をはなって暗雲を追いはらいます。左右には理性・哲学・想像力がつかえ、その足下には学問、芸術、技芸、他さまざまな職業を寓意化した女性がえがかれています。扉絵の通り、ディドロらは学者ばかりでなく職人や技術者に取材し、内容を正確にとらえようとしました。テキストと銅版画によってモノと概念を有機的につなげた学問史にのこる偉業でした。

印刷博物館蔵[資料No.80034]

印刷博物館蔵[資料No.20798-20832]
第3部 これも名著?ここにも名著!
第3部は前半と後半でテーマがことなります。前半では詩、音楽、美術、小説などさまざまなジャンルで名著は影響をあたえていたことを紹介します。後半では日本での名著普及の様子を紹介します。まずは前半から。いまにつづくあらたな学問が19世紀に登場します。そのひとつ、芸術学に注目すると、名著は詩人、音楽家、芸術家たちの魂を動かし、さらなる名著をうみ出しました。たとえば音楽。今回の展覧会では人気のあったソナタやオペラの楽譜を名著に位置づけています( ❺ )。18世紀後半から19世紀にかけてモーツァルト、ベートーヴェンを輩出したドイツ、オーストリアが演奏の本場であり、楽譜の生産地でした。あわせて同エリアでは楽譜が学問の対象となります。曲名の最後にあるOpやKは音楽学者らが付した番号で、音楽学者による整理分類が進んだ証といえるでしょう。第3部後半のうち、ここでは日本の名著が雑誌でどのように取りあげられていたのかみてみましょう。なかでも総合雑誌は政治、経済、社会、文化についての評論を掲載する、主に月刊誌でした。多彩な記事という意味では大衆娯楽雑誌「キング」(1924年創刊)に注目( ❻ )。マンガ、怪奇小説から健康増進の知恵までが一冊につまったメディアで、当時としては異例の100万冊をこえる部数が売れました。そんなミリオンセラー誌にも哲学者が肖像写真入りで掲載されています。本展示では総合雑誌では政治や外交などをあつかう「思想」と「改造」を取りあげましたが、性格がことなる「キング」のような、より娯楽性の高い大衆誌のなかでさえ、名言を残した偉人として読者は哲学者に接していたのです。
マンガと雑誌の関係にも注目しましょう。戦前の少年月刊誌は、小説や読み物が中心で、マンガの分量は極めてすくなかったのですが、1950-60年代になると少年月刊誌は急激にマンガ雑誌へとかわっていきます。人類初の人工衛星スプートニク打ちあげや有人飛行、アポロ計画などはげしい米ソの宇宙開発競争のなか、市民も宇宙を身近に感じはじめた時代でした。なかでも抜きん出たのが光文社の「少年」。52年4月号から連載しはじめたのが『鉄腕アトム』でした。当時の他の手塚マンガからも〈新連載科学漫画〉(「ロック冒険記」)、〈大ひょうばん!科学冒険まんが〉(「旋風Z」)のように、編集者といっしょに手塚がつよく科学を意識したマンガをこどもにおくり届けていたことがわかります。日本人が科学を身近に感じる土壌づくりに、手塚治虫や横山光輝をはじめとしたマンガ家がはたした役割は小さくありませんでした。
名著はいかにして「名著」になったのか。数千年の時をこえていまも響きつづける、人類の「知の熱量」を追体験してください。
(印刷博物館 学芸員 中西保仁)

印刷博物館蔵[資料No.59055]

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