コレクション

石版印刷機

収蔵品

サイズ:700×1156×1100mm(横×縦×厚み)

資料番号:75459

石版印刷機は、日本では幕末頃から輸入が始まります。小西本店は写真や石版印刷の機器類を輸入し販売する商店の一つでした。
明治12~13(1879~80)年頃には小西本店での石版印刷機の国産化が始まります。杉浦六三郎によって創業された小西本店は、大正10(1921)年には小西六本店に、その後合資会社から株式会社となり、小西六からコニカへと社名を変えていきました。この印刷機は、小西六本店によって製造されたものです。
小西本店では、当初、製造は下請けに依頼していました。木製暗箱は指物師の長谷川利之助、写真台紙は経師の勝山平吉、石版印刷機は鋳物師の小森竹造(竹蔵とも言われています)が担当しました。
小西本店は後に製造部門の会社として六櫻社を設立します。小森竹造を六櫻社の機械部長に迎え入れ、自社製造を考えたようですが、竹造はそれを断り、自らの後継者育成を行いました。
関東大震災による被害で竹造の鉄工所はなくなりますが、その技術を受け継いだ甥の小森善七、善一の兄弟は小森機械製作所(現 小森コーポレーション)を設立し、印刷機製造を続けました。